ワシントン・スクエアのすぐ近くにあった Hotel Earle は、ヒッピー崩れの人が住み着いているような部屋もあったが、1泊14ドルもした。60年代初頭に、ボブ・ディランがここの305号室に住んでいたことがあり、82年当時、ボヘミアンみたいなバックパッカーには有名なホテルとなっていた。現在は改装され、The Washington Square Hotel となっていて、1泊200ドル以上する。
82年は、ヒップホップ史上エポック・メイキングな曲のひとつ、アフリカ・バンバータ&ソウル・ソニック・フォースの「プラネット・ロック」が大ヒットした年で、映画『ワイルド・スタイル』が公開された年でもあり、ヒップホップ・カルチャーがオーヴァーグラウンドに浮上してきた年だった。
ゲイやドラッグ愛好者が原因不明の病気で続々と死んでいるという話は82年のニューヨーク滞在中に聞いた。まだHIV(ヒト免疫不全ウイルス)が発見される前で、それがエイズ(後天性免疫不全症候群)であることさえ知られていなかった。
今思えば、82年のニューヨークはかなり面白かったはずだが、リアルタイムで伝わってくる情報なんて、ほとんどなかった。