チェルフィッチュ ゾウガメのソニックライフ 
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2010年2月に初演された『わたしたちは無傷な別人であるのか?』に続き、チェルフィッチュの演劇作品の制作現場を取材した。言葉と身体表現、役者の舞台上での存在感、といった諸要素を関連付け、物語を立ち上がらせる手法がさらなる先鋭化を見せる。
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「パフォーマンスで見ると、ナレーションのシーンなのか会話のシーンなのか、っていうことの区分けができなくなるんですね。あまりそういう観点で見てないというのが正直なところです。役者がどういう配置で、どういう動きをして、どういう言葉が喋られて、というのをひっくるめて見ているので」

作・演出を手がける岡田利規と役者たちとのリハーサルでは、岡田が思い描く完成形を役者たちが試すのではなく、説得力を持ってテキストが観客に伝わるために何をするか、パフォーマンスのレベルで試行錯誤が繰り返される。役者の動きを見ることで、テキストの執筆者である岡田本人もその内容を再確認し、リハーサルを重ねながら徐々にテキストを完成させていった。作者であることと、演出家であることをうまく住み分けながら、その立場を混同することなく制作するスタイルが貫かれている。

「書くときは舞台のことは何も考えてないですね。僕にとって最近よく考えてることをただ書いただけ、っていえば書いただけで。それで、登場人物の関係と書く作業もシンクロしてしまって、煮詰まったわけですよ。2人がああやって煮詰まると、僕も煮詰まった末に、最終的に2部構成の形になりました」

岡田は、「どんな物語を作りたいのかと、どういう演劇を作りたいのか、というのは別のことなんですよ」と強調する。物語を伝えるなら、物語を書く姿勢でスタートする必要があり、演劇の方法を試すなら、そのために何をすべきか考えることを優先する必要があるのだと。『ゾウガメのソニックライフ』は、まさに後者。舞台上にレイヤーを持たせて立体感を生むことで、テキストを観客に伝える試みが実践された。

「レイヤーとは何かというと、パフォーマーが舞台上でキープする意識の状態があるとして、何を条件にキープされた状態なのか、その“何を”が異なるということが、レイヤーが異なるんだという気がしているんですね。だからその状態と条件を認識して、操作できる俳優とじゃないと、レイヤーの違うものを作ることはできないわけですよね。そういう意味では、あれができる人とじゃないと、そもそもできない挑戦だっていうこともいえるなって思いますね」

演劇のあり方をさまざまに試し、そこから現在の日常を安易に否定せずにポジティブな視線を提示するチェルフィッチュの試み。実験的な演劇表現をさまざまに試しながら、新作でもその姿勢を明確に提示した。

 

(『ゾウガメのソニックライフ』特設サイト)

 

「パフォーマンスで見ると、ナレーションのシーンなのか会話のシーンなのか、っていうことの区分けができなくなるんですね。あまりそういう観点で見てないというのが正直なところです。役者がどういう配置で、どういう動きをして、どういう言葉が喋られて、というのをひっくるめて見ているので」
作・演出を手がける岡田利規と役者たちとのリハーサルでは、岡田が思い描く完成形を役者たちが試すのではなく、説得力を持ってテキストが観客に伝わるために何をするか、パフォーマンスのレベルで試行錯誤が繰り返される。役者の動きを見ることで、テキストの執筆者である岡田本人もその内容を再確認し、リハーサルを重ねながら徐々にテキストを完成させていった。作者であることと、演出家であることをうまく住み分けながら、その立場を混同することなく制作するスタイルが貫かれている。
「書くときは舞台のことは何も考えてないですね。僕にとって最近よく考えてることをただ書いただけ、っていえば書いただけで。それで、登場人物の関係と書く作業もシンクロしてしまって、煮詰まったわけですよ。2人がああやって煮詰まると、僕も煮詰まった末に、最終的に2部構成の形になりました」
岡田は、「どんな物語を作りたいのかと、どういう演劇を作りたいのか、というのは別のことなんですよ」と強調する。物語を伝えるなら、物語を書く姿勢でスタートする必要があり、演劇の方法を試すなら、そのために何をすべきか考えることを優先する必要があるのだと。『ゾウガメのソニックライフ』は、まさに後者。舞台上にレイヤーを持たせて立体感を生むことで、テキストを観客に伝える試みが実践された。
「レイヤーとは何かというと、パフォーマーが舞台上でキープする意識の状態があるとして、何を条件にキープされた状態なのか、その“何を”が異なるということが、レイヤーが異なるんだという気がしているんですね。だからその状態と条件を認識して、操作できる俳優とじゃないと、レイヤーの違うものを作ることはできないわけですよね。そういう意味では、あれができる人とじゃないと、そもそもできない挑戦だっていうこともいえるなって思いますね」
演劇のあり方をさまざまに試し、そこから現在の日常を安易に否定せずにポジティブな視線を提示するチェルフィッチュの試み。実験的な演劇表現をさまざまに試しながら、新作でもその姿勢を明確に提示した。
(『ゾウガメのソニックライフ』特設サイト)http://zougame.chelfitsch.net

 

 

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