アイランドから出た『Yalla - Hitlist Egypt』(90年)に、アムル・ディアーブの「Ei Yaani」という曲が収録されていた。これにガツンときて、やっとエジプトに行けたのが94年だった。
アムル・ディアーブはその後、『Nour El Ain』(96年)でスターの座を不動にした。エジプトに行ったのは1度だけだが、アラビア語文化圏の国に行くたびに、その時点でヒットしているアムル・ディアーブの曲が聞こえてきた。アムル・ディアーブは、いつか撮りたいけどまだ撮れていないミュージシャンのリストに居続けた。
しかし先日、とても残念な事実を知った。
エジプトにもいつのまにかインディ・ロックのシーンができていて、エジプトの民衆革命のとき、アミール・エイドの「Sout Al Horeya」という感動的なプロテスト・ソングができていたのだが、アムル・ディアーブはムバラクに捧げる曲を歌った経歴があったのだ。エジプト音楽、シャバービーの旗手というだけでオルタナティヴな存在だと思っていたのだが。
ともあれここに、94年のカイロの風景を記録しておきたい。
アイランドから出た『Yalla - Hitlist Egypt』(90年)に、アムル・ディアーブの「Ei Yaani」という曲が収録されていた。これにガツンときて、やっとエジプトに行けたのが94年だった。アムル・ディアーブはその後、『Nour El Ain』(96年)でスターの座を不動にした。エジプトに行ったのは1度だけだが、アラビア語文化圏の国に行くたびに、その時点でヒットしているアムル・ディアーブの曲が聞こえてきた。アムル・ディアーブは、いつか撮りたいけどまだ撮れていないミュージシャンのリストに居続けた。
しかし先日、とても残念な事実を知った。
エジプトにもいつのまにかインディ・ロックのシーンができていて、エジプトの民衆革命のとき、アミール・エイドの「Sout Al Horeya」という感動的なプロテスト・ソングができていたのだが、アムル・ディアーブはムバラクに捧げる曲を歌った経歴があったのだ。エジプト音楽、シャバービーの旗手というだけでオルタナティヴな存在だと思っていたのだが。ともあれここに、94年のカイロの風景を記録しておきたい。