Report ベルリン 写真家 石田昌隆 ベルリンの壁が崩壊して、20年経った
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西ベルリン側の壁際には、壁越しに東ベルリンが覗ける物見櫓が設置されていた。もし壁の向こう側に住んでいたら亡命を企てるかもしれないな。物見櫓は、東ベルリンの風景を垣間見た西側の人々に、そう思わせるための装置として機能していた。
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ベルリンの壁は、つくずく不思議な存在だった。壁自体はコンクリート板を積んだ建造物であり、物理的に存在していたにすぎない。壁が人に蹴られることはあっても、壁が人を蹴ったり、壁が政治的発言をすることはない。壁は黙ってそこに建っていただけだ。しかしなぜか、壁そのものが人々の意識や価値観を分断しているように見えた。壁が、壁自身の意志で、アメリカとソ連という二つの大国による覇権争いのフロントラインに存在しているかのようだった。我々は普通、西ベルリンのほうを基準に考えて、壁の向こう側に東ベルリンがあるのだと意識していた。なぜなら、西ベルリンには我々と価値観を共有する自由主義陣営の人々が住んでいるが、壁によって隔てられた東ベルリンとその背後に広がる共産圏の国々には得体の知れない価値観に基づく人々が住んでいると思っていたからだ。共産圏は、とにかく不気味で怖いところだ。人々は、些細なことで密告され、秘密警察の拷問を受け、粛正されてしまうのではないかという恐怖に怯えながら、古びたアパートのなかで息を潜めて暮らしている。…そんなイメージがまつわりついていたのだった。
石田昌隆
http://www.geocities.jp/aoyane/monka.top.html
オルタナティヴ・ミュージック

 

ベルリンの壁は、つくずく不思議な存在だった。壁自体はコンクリート板を積んだ建造物であり、物理的に存在していたにすぎない。壁が人に蹴られることはあっても、壁が人を蹴ったり、壁が政治的発言をすることはない。壁は黙ってそこに建っていただけだ。しかしなぜか、壁そのものが人々の意識や価値観を分断しているように見えた。壁が、壁自身の意志で、アメリカとソ連という二つの大国による覇権争いのフロントラインに存在しているかのようだった。我々は普通、西ベルリンのほうを基準に考えて、壁の向こう側に東ベルリンがあるのだと意識していた。なぜなら、西ベルリンには我々と価値観を共有する自由主義陣営の人々が住んでいるが、壁によって隔てられた東ベルリンとその背後に広がる共産圏の国々には得体の知れない価値観に基づく人々が住んでいると思っていたからだ。共産圏は、とにかく不気味で怖いところだ。人々は、些細なことで密告され、秘密警察の拷問を受け、粛正されてしまうのではないかという恐怖に怯えながら、古びたアパートのなかで息を潜めて暮らしている。…そんなイメージがまつわりついていたのだった。

 

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