10代前半のころ、HARVEYはドラマーとして、10歳以上も年上のミュージシャンたちとバンドを組んでいたという。1980年を前後して、ニューウェイブと呼ばれる類の音楽をプレイしていた彼が、ニューヨークでヒップホップのDJを見て、ドラムでビートを作るようにビートを操っている姿に興味を持ったのは、ごく自然な流れだった。そこから、彼がDJ HARVEYを名乗り、真のカリスマとして人気を集めることになった背景には、音楽的な多様なバックグラウンドがあったといえるだろう。
いい音楽を聴いて、好きなように楽しんで、みんなとハッピーなパーティーを分かち合いたい。動機があまりに純粋だ。elevenで行われた日本ツアーの最終日も、やはり最高の盛り上がりを見せていた。多くのファンが待ち望んでいながらも、どうして彼の来日が8年ぶりになってしまったのか。イギリスからアメリカに渡り、気づかずにビザが切れてしまったため、意図せずに不法滞在状態になってしまった彼が、ビザの再発行やら手続きに8年もかかってしまい、アメリカから出れなかったというのが真相だという。リビング・レジェンドは、そうしたエピソードまでも刺激的だ。